俺と一龍との出会い
こんにちは。俺、池ポンです。
(一龍のおかみさんからそう呼ばれています)


1968年福井県敦賀市生まれ。敦賀(つるが)というところは知る人ぞ知る昔からのラーメン激戦区です。

敦賀で店舗を持ったラーメン屋がまだそんなに無かった時代、俺がものごころついたときから、市内にある国道8号線や敦賀駅前には、夜な夜な屋台のラーメン屋が数件出ていました。

そのもっと昔、俺の親父達がまだ若かったころ(昭和32年前後)敦賀駅前には、駅に向かって右手に「太陽軒」、左手に「一力」の屋台達が陣取っていたそうです。

一力俺の家は、ラーメンと言えば「一力」に行っていましたが、俺の親父に言わせると
「昔は一力の屋台に人なんて並ばなかった。みんな太陽軒に並んだもんだ。その当時みんな一力がおいしいとは思わなかった。しかし・・・う〜ん、ある日、突然一力がおいしくなったんだよなぁ〜」と、俺がまだ産まれていない時代を振り返ります。


太陽軒現在「太陽軒」は敦賀駅前にお店をかまえ、「一力」は敦賀市中央町の市役所横にお店を出しています。「一力」が屋台から1軒の立派なお店になったとき、俺9歳だったかな?
俺のおかんが「いや〜いつのまにか立派なラーメン屋になったなぁ〜」とラーメンをすすりながら言ったのを覚えています。


さて、なぜこのような敦賀の紹介をしたかというと、この「一力」こそが「一龍」の源流、ルーツなのでありま〜す。

一力へ足繁く通う

自分一人で行動がとれるようになる小学校4、5年生ぐらいから、いや〜通いましたね、「一力」に。
俺の家からお店まで自転車で15分ぐらいなんだけど。
小学校時代、中学校時代、高校時代とずっと通ってました。
家族でもよく行ってたし、一人でも友達とでもよく行ってました。
中毒ですよね、ここまで来ると。

俺が18歳になって東京に上京すると心に決めたとき、
「もうこの味は頻繁には食えないんだなぁ〜」
と、完全ナイーブになってましたね。

一龍との出会いは俺にとって衝撃的でした・・・。

ちょうちん1987年、俺は上京してきました。いち早く俺の舌に合ったラーメン屋をこの東京で探そうと思ってましたね。
長い間食ってきた敦賀のラーメンの味に少しでも近いものを探そうと・・・そうしないと・・・この東京で、いつも自分の「舌の生い立ち」とは違う妥協した感覚でラーメン屋に入ってラーメンをすすることになりますもんね。

上京して1週間ぐらいはラーメンばっかり食い歩きました。
しかし、どのお店に行っても正直「うまい」とは思えないのです。
当たり前ですよね。これまで慣れいそしんできた敦賀系ラーメンとはどこもスープのジャンルが違うし、麺の感覚も違うわけですから。

壁掛けメニューでも上京1週間目にして突然ラッキーが舞い込んで来ました。

アルバイトの関係で、その日、俺は下北沢にいました。昼を過ぎたあたりにハラが減ったのでお好み焼きかラーメンを食おうと歩いてました。
「お好み焼きならおいしい所があるかもしれないな。ラーメンならまた妥協しながら食うことになるだろう。
などと考えながらぶらぶらしてました。
と、その時「中華そば」の赤いちょうちんが俺の目に飛び込んできました!
ムムムと思いましたね。なぜなら「一力」も「中華そば」の赤ちょうちんを掲げていたからです。(現在はありませんが)
ちなみに「一力」は「ラーメン」と言うメニューはありません。「中華そば」と言います。
「入ってみよう、入らなければならない。」と思い店内に足を踏み入れた瞬間またもムムムと思いました!満員の店内
俺の鼻の奥の粘膜の記憶をよみがえらせるようなこの香り、「一力」と良く似てる、匂いがいっしょだ。しかも壁に掛けてあるメニューのプレートに「中華そば」の4文字が!これは期待できると思いました。

迷わず昔から好きだったメンマそばを注文したように覚えています。春の日差しが明るい日でした。昼時なのに、お客さんは俺ともう一人しかいませんでした。(今ではこんなことは考えられませんよね。)

俺は本当にラッキーな男だと思っています。

みなさん、妥協せずラーメンを食べていますか?自分の生い立ち(舌)に合ったラーメン屋に出会えていますか?

俺は本当にラッキーな男だと思っています。この大東京で自分の生い立ちに合ったラーメン屋がたった1週間で見つけることが出来たのですから。

まさに奇跡だと思っています。はじめて食う、そのメンマそばを平らげた後、感動して思わず「おいしかったです」とカウンター越しのおかみさんに言ったのを覚えています。
ただその時にもう一言付け加えれば良かった!「福井県敦賀市にある一力を知ってますか?」と!是非ともその時点で聞くべきだった、聞かなかった自分が悔しい。

俺の気持ち、皆さん分かって頂けますかね?
この大東京の下北沢に自分の故郷の味を見つけた驚きと感動。そして、「なぜここにこの味があるのか?」と、たずねてみたくなる衝動。

いずれにせよその日から俺は「一龍」に通うことになりました。
それは味を楽しむためでもあるし「一力を知ってますか?」と一言聞くためでもありました。「一龍」と「一力」・・・ここには、かなりの確立でなにか関連性があるのではないのか?ずっとそう思うようになっていました。

なぜ聞けなかったか。

一龍に行くようになって、忙しい中、たまにおかみさんやマスターと話す機会がありましたが「一力を知ってますか?」とだけはずっと聞けませんでした。

なぜ聞けないのか!
たとえば両店がのれん分けだったと仮定します。
そして両店のマスターが兄弟だったらと仮定します。
そしてさらに親が残した財産存続の件で不平等に財産が分配され兄弟喧嘩別れ的に仕方なしにのれん分けしたと仮定します。
そんななかに俺一人だけ素っ頓狂にも「一力を知ってますか〜?」などと尋ねた瞬間「すまんが出ていってくれ」と言われかねないでしょう。
マスターにとってはとっても苦い過去だったらどうしましょう?そうなれば俺はたちまち出入り禁止となり二度と一龍の味を楽しむことは出来なくなってしまいます。
そんなようなことだけは死んでも避けなければならない訳です。
後になってから「さっきの質問は無しにしてくださぁ〜い」とこれまた素っ頓狂に言ったとしてももう遅いのです。う〜ん。いろいろ考えをめぐらせてやっぱり聞けませんでしたね。


知ってどうなる?

「一龍」と「一力」の関係を知ったところでどうなるのか?

ある日の俺、いつも通りメンマそばをすすりながら自問自答していました。
これまで通り味を楽しむ一人の客として一龍に行けば良いじゃないか。それを聞いたところでいったいどうなるのか。
値段をまけてくれるわけでもなく、チャーシューを2、3枚多く入れてくれるわけでもなく、まして一龍無期限フリーパスポートをくれるわけでもないのだから。おとなしく一人の客としていよう。こんなことで悩むのはここまでだ。
ふ〜これでよし、心の整理がついた。
今は目の前にあるメンマそばをすすろう。あ〜いつも通りだけどなんてうまいんだ。メンマのカリコリ感がなんとも言えません。そう言えば「一龍」もうまいけど「一力」もうまかったな。あ、イカンイカン。俺の頭の中に「一力」と言う文字をここで思い浮かべてはイカンのだ。
今食っているメンマそばに集中していない証拠だ。こんな食い方では「一力」に失礼だ、あ、「一力」ではない「一龍」だった、あ、また「一力」を思い出しちゃった!あ〜〜〜!わ〜〜〜!
今、俺は実にギクシャクしながらメンマそばを食ってるんじゃなかろうか!そうこうしてるうちに、もう麺とスープは残り少なくなってきたぞ。これを平らげて金を払って店を出ればすべては終わる。
我慢だ!俺は我慢が足らんのだ〜!


10年という月日が経っていました。

ある日の俺、いつも通りメンマそばを平らげた後・・・何でだろう?・・・何かのタイミングで、
「一力を知っていますか?」
と、自分でも知らないうちに、しかも実にストレートに、ママさんに聞いてしまっていました。
「ついに聞いてしまった」
という余計なことを聞いてしまった的思いで一杯でしたね。
しかし、ママさんは明るく「マスターのお兄さん(福井の一龍)が一力で味を教わり、それをマスターが教わったのよ。」と言ってくれました。
「やはりそうか!一龍と一力は味でつながっていたんだ。俺の予想は正しかったんだ。」
あの日の俺の舌の感覚、嗅覚・・・間違ってなかった。
たったこれだけのことを知ることが出来て非常に喜んだのを覚えています。
俺がはじめて「一龍」を食べた時から10年の月日が経っていました。
そして、この時からより一層「一龍」を応援するようになりました。


こんな感じの俺ですが、
皆さんどうぞご声援よろしくお願いいたします。